interview


松井監督は「錆びた缶空」(1979年)、「豚鶏心中」(1981年)、「追悼のざわめき」(1988年)を、同時録音ではなく、そしてフィルムを使用して撮影されました。残念ながら私はまだ「どこに行くの?」(2007年)を拝見することができずにいるのですが、この映画においては従来のフィルム撮影だったのでしょうか?それともデジタル式撮影だったのしょうか?そして、もしデジタル式撮影を選ばれたのであれば、異なるテクノロジーを使用して作業をされたことに対しての印象をぜひとも伺いたく思います。

映画「どこに行くの?」は、デジタル撮影と同時録音で撮影をしました。私がそれを選んだのは、製作費の問題からそうせざるをえなかったのです。つまり低予算(1,000万円)でしたので、フィルムを使うことはできなかったのです。 私が思うデジタルの印象は、フィルムよりも画面が硬調でウェット感が足りず、中間色の微妙なトーンが出せないということ。音質も硬調で耳にうるさく、自然さが足りないというものです。これらについては以前から思っていたことなので、脚本を書いている際にそれらを意識して、台詞やト書きを書きました。録音では、「追悼のざわめき」の録音を担当してくれた浦田和治さん(うらた ともはる)が、より自然な音質での録音にしようと作業を進めてくれました。私はとても彼に感謝をしています。 そのような経験をした私が今、思うことは、今もそうかもしれませんが、当時のデジタルとフィルムを比べたら、「フィルムの方が、断然、圧倒的に、良かった」ということです。しかし、フィルムの良さを理解している人は、これからどんどん少なくなっていきますから・・・。まぁ、それは時代の流れですから、しかたないことですね。


デジタル技術の向上により、現代において全ての人間が「独立したアーティスト」として各自の映画を作れることになったと思われますか?8ミリカメラを使い映画を製作していた80年代よりも、デジタル技術によって独立映画を作ることが容易になったとお考えですか?それにより、プロフェッショナルと素人という間に生じる差は格段に縮小したと思われますか?

基本的にデジタル技術の向上は、素晴らしいことだと思いますし、あなたが指摘をされた「独立したアーティスト」についても、多くの人が映画を創るというのは良いことだと思います。そして、それは私が8ミリ・フィルムで撮影をしていた時よりも、映画を創ることが容易になったとも思います。 ただしそれが、映画の技術の進歩と映画の内容が相乗効果を成して、作品と呼べるだけの価値があるものになっているかどうか、というのが問題なのです。率直なところ、価値のないものが多く見受けられます。ただしそれもやがては自然淘汰されるでしょうから、放っておきましょう。ですから、言うまでもないことですが、映画監督は、まずは良質な作品を創ることを最優先に考え、その際に新しい技術が必要なら、それを使う。そうでないなら使わないということです。つまり技術の進歩は良いことですが、最優先することは良質な作品を考えるということです。 お尋ねの「プロフェッショナルと素人という間に生じる差」についてですが、私には答えにくい質問です。というのは、私自身がプロフェッショナルなのか、素人なのか、よく分からないからです。


もし私がきちんと理解していればのお話ですが、自主映画を製作していた監督にとって、70年代末から80年代末にかけての大きな問題として、自らプロデュースした作品が映写される場所を見つけることだったのではないかと推測します。その点について、もう少し詳しくお話していただけますでしょうか?

当時、私は自分の作品を上映する場所については、まったく困ったことはありませんでした。幸いにも私の映画の上映をリクエストしてくれる映画団体や映画館がいくつもあったため、なにひとつ問題はありませんでした。


「豚鶏心中」と「追悼のざわめき」は、大都市の貧民街が背景になっており、社会から阻害された人間らが主要な登場人物です。そして彼らの大半は韓国系の日本人です。いかなる理由において、またどのような形で在日韓国人と呼ばれる人々が、日本社会において差別を受けているかを説明していただけますか?現在において、その状況は変化しましたか?このような貧民街は今も存在しているのでしょうか?

在日韓国・朝鮮人についての発言をする前に、私は彼らを絶対に差別していないことをここに明言します。 ですから、なぜ日本社会で彼らが差別を受けているのか。私には理解できません。 古くは日本の文化は、中国や朝鮮半島から伝来し、影響を受けてきたのです。これひとつをとっても、日本人は彼らに感謝をするべきなのに、それをないがしろにし、差別をするという愚かな方向に進み、第二次世界大戦では朝鮮半島に侵略をし、数多くの朝鮮人(当時は韓国と北朝鮮に分断されていなかった)を戦争という状況とはいえ殺し、朝鮮半島の国土を奪いました。しかし日本は、その戦争でアメリカを中心とする連合国に敗れ、その結果、日本は今もアメリカには低姿勢で、アメリカの言いなりの国になってしまいました。日本はアメリカにはそのような低姿勢な態度をとるのに、なぜか韓国には今も差別的な言動をとっている。それは日本の現実社会でも、在日韓国・朝鮮人の就職や、日本人との結婚においても差別があります。こんな状況を、私は愚かで情けないことだと思います。 また、日本人の特性として、多くの日本人は多数派に属していたいという願望と、長いものには巻かれろというのがあります。つまり、多くの日本人は他の人と意見や考え方が違うことを、おかしなこと、或いは変なことと思ってしまう気質があります。そして強い者(権力やお金のある人)に対しては、彼らの言いなりになるということを恥ずかしげもなくしてしまうのです。 ですから少数派であり、立場の弱い在日韓国・朝鮮人に、そういう差別的な態度をとる人が今もいるということです。 ご存知だと思いますが、今、日本の或る愚かな政治家は、悲しいことに、在日韓国・朝鮮人に対し差別的な言動をとっています。これは絶対に許せないことですし、政治家としての資格がない人たちだと思います。 ただ庶民の間では、韓流というブームが起こり、韓国の文化や芸術、スポーツなどの交流が盛んになり、少しずつですが庶民の間では、差別意識は薄らいできているように思えます。   ご指摘の「貧民街は今も存在しているのでしょうか?」は、以前ほど多くはありませんが、今も存在しています。


「豚鶏心中」において、なぜ在日韓国人達をミイラとして表現されたのですか?

誤解をしないでください。私は、絶対に在日韓国・朝鮮人をミイラとして表現したつもりはありませんし、考えたこともありません。これは大きな間違いです。その上で、私はお答えします。 ここでは、包帯に意味があります。映画の中の在日韓国・朝鮮人は、日本で生きていくために、韓国・朝鮮人である事を隠そうとする。その隠すという意味において、包帯を身体に巻きつけるという意味を私は表現したのです。くれぐれも誤解をしないでください。


ハリウッド映画の神話的見地においては、ミイラというものは、「かなわぬ愛」のために罰された人間として描かれます。そして、それは古代エジプト社会の規則に由来するものです。例えるならば「ミイラ再生」(1932年製作のカール・フロイント監督映画作品)において、ボリス・カーロフ演じる登場人物は「怪物」であり「悪者」であるわけなのですが、しかしながら彼は愛という衝動によって行動します。それは「追悼のざわめき」の多数の登場人物のようにです。アウトサイダー像というものの一体何が、松井監督が強く心を打たれるきっかけを作ったのでしょうか

もう一度、言います。私は絶対に在日韓国・朝鮮人をミイラとして表現したつもりはありませんし、考えたこともありません。その上で、この質問にもお答えします。 私は、疎外されている人々や世の中の底辺で生きている人々に関心があります。それは、世の中の問題点の凝縮したものすべてがそこにあると思うからです。また、コンプレックスをもった人々にも関心があります。というのは、この世で今、生きている人みんなが、大なり小なりのコンプレックスをもっている。つまりコンプレックスというのは、人類すべての共通項なのです。 私の映画は、基本的にラブ・ストーリーという形をとっています。それも愛する相手が同性であったり、物体であったり、肉親であったりしていますが。でも私は相手が何であっても、好きになった時点から愛の物語は始まると思っていますので、その物語を描いているのです。それは世間から見ると変態であると思われてしまうかもしれませんが。しかし本人たちは純粋に相手のことを想い、幸せを願い、生きているのです。彼らは、心底、相手を愛しているのです。 ただ映画の結末は、登場人物たちが愛の成就を成し遂げようと努力をしますが、破滅という形で終わってしまうのです。でも、そこで私は言いたいのです。「自分の人生を破滅させるくらいに、相手を愛したのだから素晴らしい」と。さらに言うなら、「世の皆さん。そこまでの想いを抱いて愛する人と生きていますか?」と。


あらすじよりもメランコリックな雰囲気と比喩的表現に焦点を置かれた作風のせいでしょうか、それとも先に挙げた「かなわぬ愛」というテーマのせいでしょうか、私が目にした多くの批評によると、松井監督の映画は「ロマンティック」だと形容されることがよくあります。ここでいう「ロマンティック」とは、(英語等の西洋言語がこの言葉に対して持つ)「叙情的」、「空想的」そして「感情的」という複数の意味においてです。西洋芸術史から借り受けたこの(多義的な意味においての)「ロマンティック」というテーマは、日本文化にはあまり根付いていないと思うのですが、監督にとって「ロマンティック」という言葉は一体どのような意味を持つでしょうか?ご自分の作品群が「ロマンティック」といわれることに対しては肯定的に受け取られますか ?

私の映画に「ロマンティック」という言葉が使われるのは、私にはとても嬉しいことです。この言葉は、私にとって最高級の褒め言葉だと思うからです。そして、光栄に感じています。 なぜなら私にとって「ロマンティック」という言葉は、夢見心地のような幸福感でもあり、それと同時に残酷な意味でもあるからです。言い換えるならば、世の中の相反することを意味しています。例えば、美と醜、善と悪というようなことです。 ですから私の映画では、相反することやものを、一作品の中で描ききる。そうすることで、それらがぶつかりあって、そこから何か真実らしきもの、或いは本質が現れるのではないだろうか、と私は思っているのです。 「ロマンティック」という言葉をいただけて、幸せです。ありがとうございます。Grazie!

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